20日、神奈川県警と横浜地検が横浜の小学校への
襲撃予告に関するホームページへの書き込みで、
逮捕、送致した大学生に対して、誤認逮捕などを謝罪した。
この事件は第三者の遠隔操作ウイルスによる犯罪だとわかり、
他でも誤認逮捕が相次いでいたわけだが、これにより
こうした事件の捜査がますますしにくくなったといえるのだろう。
それにしてもこの大学生の場合は、当初否認していたにもかかわらず、
その後容疑を認める供述を始め、もっともらしい上申書まで作成されていたことに
冤罪が生まれやすい土壌はまだまだ残っているのだと感じるのだった。
こうだろうというストーリーを警察・検事が作り、
その通り書かせている様子が容易に思い浮かんでしまう。
容疑者の胸のうちを斟酌して、言葉にしていると言えば、格好は付くかもしれないが、
例外もあることを踏まえ、慎重な捜査を心がけてほしいものだが、
こうした事件を見ると、それを期待するのはなかなか難しいのだろうか。
しかし、身に覚えのないことで容疑者とされた人が
自白するのと否認を続けるのでは、何が違うのだろうか。
忍耐力か、信念か、それとも公権力への反発か。
そして、もし自分がその身になったらどうだろうかとも考えてしまう。
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