17日は、1995年に起きた阪神大震災から18年目にあたる日だった。
6,000人以上の犠牲者を出した震災に対し、
兵庫県内の各地では追悼行事が行われていた。
あの年に生まれた子どもの多くがすでに高校生となっているわけで、
振り返れば時の経過の早さを感じざるを得ない。
しかし、この感覚は何の被害も受けなかった者の
一時的な感傷に過ぎないのかもしれないような気もしている。
被災者の中にはまだあの時の悲しみを抱き続けている人も
決して少なくないと思われるからである。
それにしても自然によるものでも、また病によるものでも
人の運命、寿命など本当にわからないものである。
どうしてあの人がと思うこともあり、そして、
なぜ自分が生かされているのか、不思議な感じも持ってしまう。
きっと確たる理由はないのだろうが、亡くなった人に敬意を払いつつ、
できればその人たちに恥かしくない人生を送れたらと思っている。
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